私的「昭和大衆歌謡考 第2集」 一人ぼっちが好きなんだ (G‐BooKs)
本, 堀井六郎
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電子ブック私的「昭和大衆歌謡考 第2集」 一人ぼっちが好きなんだ (G‐BooKs)無料ダウンロード - 内容紹介 心の中で響き合う、あの歌、あの声、あの情景。マニアの記憶にシンクロする、昭和歌謡への純愛譜。大好評『遠くの空に消えたのさ』に続く、問答無用の昭和残響伝、第2弾! なんというわかりやすさか、と僕が心から驚くような書き方で、堀井さんは文章を進めていく。堀井さんの大衆歌謡とその周辺の体験、つまり記憶はじつに豊富だ。いかに豊富か、そしてそれについて書いていくときの、話の進めかたがいかに巧みであるかを解説していると、堀井さんが書いたことすべてを紹介したり引用することになってしまう。(片岡義男 本書「解説」より) 著者について 堀井六郎(ほりい・ろくろう)昭和27年(1952年)、東京都出身。慶應義塾大学文学部卒。25年以上にわたる出版社勤務を経て、現在はライター・編集者・経営者の三つの顔を持つ。大学在学中は軽音楽サークルに所属し、ベースと編曲を担当。作曲者としての代表作に『広小路慕情』がある。 商品の説明をすべて表示する
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第1集に続いて読みました。今やすっかりインターネット時代となり、テレビは力を失っていますが、昭和という時代はテレビの全盛期であり、「大衆歌謡」という言葉ほどこの時代の特徴をとらえたものはないのではないかと思います。無名時代から著者がファンだったという浜田省吾の歌もそうですが、昭和の大衆歌謡には、平成の歌にはなくなってしまったセンチメンタリズムがあります。昭和を通じて農業人口は5割からほぼゼロへと激減しましたが、昭和のセンチメンタリズムというのは、山で働き田畑を耕し地に足のついていた時代から、都会という人工空間の中だけで純粋に根無し草人間として生きるようになった時代へと移行する過渡期に生じた歴史的に非常に面白い現象だと思っています。もっと昔は現実の生活に日々忙しく、感傷にひたっている余裕などなかったでしょう。今は、人間関係が表面的になってしまって、人情がなくなりました。そのどちらでもない中間段階が昭和だったわけです。その非常に希有な歴史の一瞬をマニアックな歌謡知識で見事にとらえたのがこの本です。それはともかく、この本には広範囲におよぶ情報がちりばめてありますので、読む人によって得るものが違うのではないかと思われますが、私がぐっときたのは、次の二か所でした。一つは、なかにし礼の「自分の作った歌は本当に私が書いたものなのだろうか。何か別の存在から指令を受けて書かされていたのではないか。」という言葉。逆にいうと、自分というこだわりを捨てることで、ひらめきは得られるという意味だと解釈しました。そして、もう一つは、西条八十がなぜ大衆ウケする歌謡曲の作詞に手を染めることになったのかという関東大震災のエピソードでした。世阿弥の花伝書にも同じようなことが書いてありますが、いくら高尚で良いものを作っても、人々に受け入れられなければ無価値である、というか、最初から存在していないのと同じということに、あらためて気づかせてもらえました。昔のキャバレーの話もあって、最近は本格的な歌が聴ける場所がなくなり、カラオケで素人の歌を聴くぐらいになったと嘆いてありますが、著者の堀井さんとカラオケボックスに行くことができるなら豊富な解説付きでさぞかし楽しいことでしょう。
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